天使の足跡〜恋幟
2
風呂から上がると、僕は階段を上がって真っ直ぐ部屋に行く。
茶色いドアを押し開けると、白い壁紙と灰色のブラインドが見えた。
それから学習机と小さなテレビ、白いテーブル、ベッド……。
この部屋は出て行った時のままだ。
ベッドにあぐらをかくと、何か物足りない気がした。
ああ、そうだ。
ギターは置いてきたんだということに気付いて、小さな溜め息をする。
そうやってベッドにうつ伏せに転がった時も、何か足りないと感じた。
いつもの癖で僕はベッドの端に寄っていた。
それも、綺麗に一人はまるくらいに。
その空いた面積に手を伸ばす。
(……何してるかな、太田)
──そうだ、加奈の彼氏について、太田は何か知っているんだろうか?
携帯電話を持ち上げて──少し迷った。
それを聞いたとして、何になるんだ?
別に加奈のことなんてどうでもいいじゃないか。
だけど、気になる。
加奈を相手に選んだ奴が、どんな男か知りたかった。
そこで電話をする決心がついた。相手は太田だ。
加奈じゃなくて、太田。
加奈に直接聞くなんて悔しくてできない。
僕がそういうことに興味を持ってるって、思われるのも面倒だから。
『もしもし? もう家に着いたの?』
聞き慣れた彼の声に、僕は安心していた。
「うん。太田は今どこ? あ、今電話して大丈夫だった?」
『今実家にいるよ、大丈夫。それにそろそろ電話しようと思ってたから』
「ホントに?」と思わず聞き返してしまった。
『本当だよ。ちゃんと家に着いたのかな、って』
いつもあっさりした奴だから、あっちからは何も仕掛けてこないだろうと思っていたのに。
そう思うのと同時に、僕はふと気が付いた。
今、電話しようと思ったのは加奈の事が気になるから──じゃない。
そんなのは口実で、本当は太田に電話したかった──のかもしれない。
だって声を聞いただけで、何故だかホッとしている自分がいる。
「うん、ありがとう」
太田はクスクス笑っていた。
「……あのさ、加奈のこと、なんだけど……」
『うん?』
「彼氏、いるんだな、あいつ……」