天使の足跡〜恋幟
「移るならとっくに移ってるでしょ……キスなんかしといて」
「……せやな」
二人とも平静を装っていたけれど、目も合わせられなかった。
照れを紛らわすために恋助は、のど飴の箱から一本袋を取って破る。
一粒口に放ってから、ノートとレポート用紙を取ってきてテーブルに広げると、二人で勉強を始めた。
しばらく無言でノートをめくったり、時々カツカツとペンの音が響いたりする。
5分も経たないうちに、
「ねえ」
「なあ」
と、同時に発した。
「なに?」
「なに?」
と聞き返す言葉も重なったかと思えば、
「先に言ってよ」
「お前から言え」
と促す言葉までもかぶってしまったから、また数秒沈黙が流れた。
頃合いを見計らって、織理江が無言で手を差し出す。
どうぞ、という一般的な動作だ。それを受けて恋助が話し出す。
「サークルの忘年会の話」
「ああ、亜美ちゃんと洋平くんが計画してたやつ?」
「そ。お前行く?」
「うん」
そしてまた、沈黙が流れる。
今度は恋助が、どうぞ、と手を差しだした。
「恋助は実家に帰んないの? 拓也くんも帰ったらしいよ」
彼は大阪の出身だ。いつも夏や正月には帰省しているから、今度も戻るのだろうと思ったのだが、思いのほか苦笑を浮かべられた。
「弟、受験生やし。ただでもうるさいのに、風邪引いて戻ったら気ィ散るやろなぁ思て」
「えっ、弟ってあたしの弟と同い年なんじゃなかった?」
恋助には、織理江の弟と同じ高校1年生の、無口な弟がいると把握していたのだが。