天使の足跡〜恋幟
「……私、耳が聞こえないんです」
おぼつかない発声と一緒に、身振り手振りでそう伝えられた時、やっと合点がいって数回頷いた。
大袈裟にも聞こえる拍手も、声を出して話さないのも、そういうことだったのか、と。
「曲は聞こえないけど、あなたが、どんな詞を──どんな言葉を歌っていたのかは、分かったから……」
申し訳なさそうに彼女はそう言い足した。
癒威は手話を交えながら返事をした。
「それでも、聞いてくれて嬉しかったです」
昔、よく面倒を見てくれた近所のおじさんと話をするために覚えたものだった。
今度は女性の方が驚く番だった。
『手話、できるの?』と手話をする。
『少しだけ』と癒威が頷くと、彼女はホッとしたような、嬉しそうな顔をした。
街中で偶然出会った相手と手話を通じて話せるなんて、こんな喜びは初めて味わった。
『あなたは、いくつ?』
『16』
『私は19。私があなたくらいの時は内気だったから、そんな風に人前に出られなかった。人に披露できるって、すごいことだと思う』
彼女は笑った。
『私、北岸瑠夏(きたぎし るか)。あなたは?』
『太田癒威です』
『ユイさんって、可愛い名前ね』
『男でも可愛いですか?』
『男の子なの? 女の子に見えたわ』
と、瑠夏は苦笑する。
自分のことながら、全く紛らわしいなと癒威も笑った。
“病気で成長が遅れている”──そういうことにしておいた。
だから男らしくはないし、間違われても当然だ、と。
『失礼なこと言っちゃって……ごめんなさい』
『慣れてるから平気。それに、分かってくれる仲間がいるから大丈夫』
『素敵な人に囲まれているのね』
癒威はしっかりと頷いた。
瑠夏は優しく微笑んだ。
『自分のことを分かってくれる人がいるって、すごく幸せなことよね。
初めて会う人は誰も、私に障害があると分からない。その度に「耳が聞こえない」って説明を繰り返すのは辛かった。でも今は、声が聞こえないからこそ本当に良い人と出会えるんだって思えるの』