トーキョークラブ






思えば、東京に来てから私は、“お客さん”の髪を切ったことがない。




いつも私の相手は
おしゃべりも何も相手してくれない、首から上しかないマネキンだけ。


カットの技術はどうであれ、マネキン相手ではコミュニケーション能力もへったくれもない。



プライベートでも、まともに語り合える相手は私にはいないし。





私は、気付かれないように
そっとため息をついて、それから自分のハサミを持った。



昨日ちゃんと研磨しといて良かった。






まだ新しい木の匂いがする店内の空気を深く吸って、私は、目を閉じる。




夢が叶うことを信じて。







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