六天楼(りくてんろう)の宝珠
「そうなんだ。お祖父様から贈られたものはしまってあるらしくてな。着物ぐらいは身に付けているが」

「夫人なりに気を遣われているのでしょう」

 世間一般的な感情としては、前の夫の思い出の品を見せるのは相手に失礼と思うからか。朗世は男女の機微にあまり関心がないので、あくまでも一般論でしかこういった場合にものを言うことが出来ない。

「御館様が新しいものをお与えになるべきでしょう。そうすれば、気を遣う必要もなくなりますから」

「……ああ」

 短い返事の後、主はまた窓の外の風景に視線を戻す。だが長年仕えて来ただけに、朗世にはその顔が上機嫌に──とても、が頭に付く──なったのがわかっていた。

──悪いことではない。夫人は必要なのだから……例えどのようなものであっても。

 いかに新婚早々だったとしても、当主の責務を疎かにする主ではない。それはわかっている。

けれども彼は有能な臣下の顔に戻り仕事を続ける際に、知らず諦めの溜息を静かに吐かずにはいられなかった。
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