六天楼(りくてんろう)の宝珠
※※※※

「ああ扶慶殿、申し訳ない。どうやら正門を間違えて裏から入ってしまった様だ」

 剃刀の様な皮肉だ、と感心する朗世を尻目に、主は余裕の笑みを浮かべて扶慶に歩み寄った。

「はは、御館様は仕事熱心でいらっしゃいますな。先に現地を視察すると一言仰って頂けますれば、ご案内致しましたものを」

「どうやら連絡が遅れた様だ。若輩者の至らぬ点、ひとえにお許し頂きたいものです」

 台詞とは裏腹のつらと悪びれない態度に、ただただ扶慶は恐縮して見せた。

「いえいえ、とんでもございません……こちらこそ報告書の作りなおしが遅れておりまして、申し訳ない限りでございます」

 正門へと促しながら、扶慶の口上は続いた。

「作成した担当の者が急病に罹りましてね。何とか報告させながら私が自ら作っております次第で……」

 碩有達は正面玄関に辿り着いてやや面食らった。工員達が勢揃いして入り口から内部へと、一列に並んで道を作っていたからだ。

「扶慶殿。ここまで気を遣わなくとも。私は普段通りの皆の姿が見たいと思っているのだが」

 何を仰います、と町長は大仰に異を唱えた。

「皆御館様のお出でを心待ちにしていたのですよ。せめてもの歓迎の意を表したいと申し出がありまして──何となれば、我々が元気に働けるのは陶家の方々が領地を平和に治めてくださるおかげなのですから」

 碩有は一瞬言葉に窮した。主の表情を一瞥した朗世も、そこに激しい嫌悪を押し隠しているのを看取り対応に迷う。
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