六天楼(りくてんろう)の宝珠
「おやおや、随分と奥方様は悠長に構えていらっしゃる。いつまでも御館様を遠ざけられるから、こんな事になったと言うのに」

「……え?」

「殿方は基本的には皆永遠に子供な所がおありになります。人の心は移ろいやすいもの。おあずけを食らっては、さっさと他に鞍替えしてしまう場合だとてあるのですよ」

 嘆息混じりな言葉に翠玉は眉をひそめた。

 この人は、一体何を言っているのだろう?

「あの、槐宛様。それは一体、どういう」

「どうって、南楼の客人の話に決まっているではありませんか」

「南……? もしかして、最近来られた方の事かしら」

 ではやはり、碩有は桐から誰かをここに招いて来たのだ。 どうやら上の空でいた間に、槐宛はいつもとは違う話をしていたらしい。

 怪訝そうに首を傾げる翠玉に、「やはりお聞き逃しになっていたのですね」と老婆はしみじみ溜め息をついた。

「ただの客人ならばこの様な話を致しませんよ。問題は、連れ帰ったのがあの『榮葉』であるという点です」

「榮……? どなたです、その方は」

 少なくとも夫の話には出て来た記憶がない。

「槐宛様。お控えなさいませ」

 それまで黙って部屋の隅に控えていた紗甫がいきなり口を挟んだ。

「単なる憶測を奥方様のお耳に入れてはならないと存じます」

 常にないきつい調子に、言われた当人よりも翠玉の方が驚いて振り返った。
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