六天楼(りくてんろう)の宝珠
 今までの返事と同じ様な、素っ気なく短い答えが返される。

 碩有は困惑の表情を浮かべた。

「では何か……怒っている様に見えるのは、気のせいだろうか」

「……碩有様こそ、私に何か隠されている事がおありなのではありませんか」

「え?」

 低く、何かを堪える様な震えた声。驚いて彼は妻の顔を凝視した。

「翠玉……?」

「今日、蓉天楼で榮葉さんとおっしゃる方にお会いしました。槐苑様より、昔……ご寵愛なさった方だと伺いましたが、本当ですか」

 平静を装って言葉を紡ぐのは大変な労力が要った。

 言葉が震えない様に、上ずらない様に。

 もう泣き出してしまいそうな程、言いたくない台詞だったから。

 せめて「出任せだ」と否定してくれないだろうか。

 夫の顔を見るに耐えず、顔を背けていたのでどんな表情をしていたのかはわからない。

 しばらくの間、碩有は無言だった。

「──本当です。だがもう、それは二年も前に終わった事だ」

 ようやくぽつりと、彼は答えた。声音には不快さが滲んでいる。

「ならば何故、今頃こちらにお引取りになるのですか?」

「それは今、残念だが答えるわけにはいかない」

「何故ですか」

「貴女の知るべき事ではない」

 不快さに苛立ちが加わったかに思える、初めて聞く低い声。

 それで翠玉の砦が決壊した。怒りを瞳にみなぎらせて、正面から夫を睨む。
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