六天楼(りくてんろう)の宝珠
 敷地や建物の形さえも、他の町長邸よりは随分と大きい。増築された離宮や阿屋、庭には見事な築山に鳥や瑞獣の銅像が並ぶ。

 扶慶は侍女達に酒肴を持って来る様に支持し、最後に「榮葉を呼んできなさい」と付け加えた。

「むさ苦しい処ではありますが、どうぞおくつろぎください。あの娘も、もうしばらくで参るでしょう──しかしお目が高い。榮葉は佳い女です。少し取り澄ましている嫌いがあるが、教養高さ故風流に長けてましてな」

 碩有は黙して答えない。扶慶は場を取り繕おうとしたのか、「いえ、勿論御館様がお持ちの宝玉には比ぶべくもございませぬが」と続けた。

「何の話です?」

「またまたご謙遜をなさいますな。六天楼に一瓊(いっけい)ありとは有名な話でございますよ。閨房を彩った先代様より譲り受けた玉なれば、さぞやのものと思われますが?」

 それが『何』の事を指しているのか、碩有も朗世もわかっていたが、表立って名前を挙げられたわけではない。正面きって怒る機を逃した。

「……瓊瑶ならば倉にあるが、私が譲り受けたのはその様な『もの』ではない」

 碩有は抑制された声で穏やかに答えるのが精一杯だった。

 確かに、この領土内では『妾の譲渡』が半ば公然と行われている。

 身分卑しき女性だとしても、貴人が己の所有物と認めた場合、その女は主の名誉を受ける者になるのだ。

 つまり、主が公けに宣言すれば妾といえども貴人に準ずる資格を得られる。翠玉がそのいい例だ。流石に領主の正妻にしたのは珍しい事ではあったが。

 だから扶慶の様な考えの人間も当然存在する。咎める者の方が少ない位だ。

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