六天楼(りくてんろう)の宝珠
──夫婦というものが、あの様な真似をするなんて知らなかった。

 湯殿を使えば頭もさっぱりするかと思えばそうでもない。むしろ身体が暖まって、ますます思考ばかりが空転している気がする。

 留守を紗甫に任せて中庭の四阿(あずまや)に出向き、脇を流れる遣水(やりみず)を橋から眺めながら彼女は途方に暮れた。

──次に碩有様とお会いする時、どの様な顔をすれば良いのだろう。

 生家にいた時も六天楼(ここ)に来てからも、こういった類の知識に付いて知る機会はほとんどなかった。知っていたら、あんな事はとても口に出せなかっただろう。

「……はあ」

 思わず溜息が零れる。

「こんな所で溜息ですか」

 背後から声がして、文字通り翠玉は固まった。

「全く貴女は、西楼の掟を悉く無視してよく出歩きますよね」

 怒りの声音ではない、諦観とも取れる穏やかなもの。ただ声を掛けられただけなのに、全身が震えた。

 恐る恐る振り返る。

「……碩有様。どうしてここに? まだ、執務中では」

 碩有は破顔した。

「少しばかり抜け出して来たのです。庭に貴女の姿が見えたもので、また迷っているのかと」
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