六天楼(りくてんろう)の宝珠
 一瞬嫌な予感がして、翠玉は眉根を寄せた。

「言葉通りです。正室も側室も、当主の妻は六天楼から出る事が表向きは禁じられて来ました。私は以前から考えていたのです。自分の妻には外を見せてあげたいと。──もし望むなら、外出用に車を使える様にしますよ」

「あ……なるほど。そうね、確かにそうなれば嬉しいと思うわ」

 思わず安堵の溜息を付いて笑った。

「翠玉、もしかして何か早とちりをしたのではありませんか」

 怪訝そうに図星を差されて目を逸らす。まさかここから放り出されると思ったなんて、絶対に言えない。

「何でもないですっ。それよりそろそろ、開放していただけませんか。お仕事に戻らないと部下の方々が探していると思いますよ」

 ほら、人の声がする──そう言おうとして翠玉が首を巡らせた先、木々の向こうから朗世が主を探す声が聞こえた。

 ただ執務を怠けた主を咎めるにしては、切迫感に溢れた響きだった。

 苦笑して渋々視線を動かした碩有の顔が、一瞬にして硬く張り詰めた表情に変わる。

「朗世! ここだ」

 彼が鋭く叫ぶのと、近くの茂みから一人の男が飛び出して来るのとはほぼ同時だった。

※※※※

「御館様! これは、この文書は一体どういう事ですか!!」

 目の前に躍り出たのは部下の朗世ではなく、太った中年の男だった。書類を握り締める手が小刻みに震えている。上気した表情から恐らくは怒りに拠るものと思われた。
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