六天楼(りくてんろう)の宝珠
十 証明
「あれは扶慶殿を引きずり出す為の小細工です。正攻法を色々やりましたが成果が挙がらなかったので──そうでなければ、流石に最初から騙し討ちの様な真似はしませんよ」

 夕食の席で翠玉は口も利かずに膨れていた。食事が終わり長椅子に場所を移しても状況が変わらず、碩有は苦笑しながらようやく打ち明けたのである。

 結局あの後彼は妻を六天楼に送り届けるなり「詳細は夜に」と言い置いてさっさと戻って行ってしまった。

 朗世や仕事、そして呼び出したあの扶慶とか言う男の件などで忙しいのだろう、それは翠玉も充分わかっている。

 けれど言い訳もしないままいなくなられた事に多少なりとも腹を立てていたので、素直に話を聞く気にはなれずにいた。

「あの男は桐の町長を長年務めていました。お祖父様の頃にはそれなりの政治を心掛けていたものを、代替わりした途端に領主の言葉を聞かなくなった。面白い話です、亡くなる五年程前からほとんどの政務を私が継いでいたというのに」

 碩有は少年の頃から領土内の主な町には特に調査を進めていた、と続けた。特産物が何で、全体の内どれ程の産業価値があるか。そして長たる人物がどの様な素行をしているか。

 職務を全う出来ない者や長として不適格な者を、近年では彼が実質処罰していたのだと打ち明けた。

「騙し討ちにせよ、書面を突き付けられれば選択肢は二つしかありません。観念して認めるか、違うと訴え覆す為の証拠を揃えるか」

 翠玉は横を向いたまま、ちらりと視線だけを夫に動かした。

「もし覆せる様な証拠が出て来たら……全くの冤罪になってしまうのではありませんか?」
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