六天楼(りくてんろう)の宝珠
 自分の首飾りを知っていると言った──続く言葉を彼女は呑み込んだ。

「いえ、何かひどくお悩みを持たれているのかと思ったのです。だから昼のあの人の様子が関わりがあるのではないかと」

 「そうですね」と、碩有は少し表情を曇らせた。

「これは本人の名誉に関わる事なので、詳しくはお話し出来ませんが。……彼女は私と別れた後、結婚が決まっていた相手がいました。それを、横恋慕した彼に邪魔されたのです。だから私は彼女を一旦こちらに引き受けて、婚約者の元へ送り出そうと考えました。蓉天楼に置いたのはその為です」

「邪魔? 他に婚約者がいたのに、ですか」

「はい。彼の女好きは有名でした。相手がいようがいまいが、然程重要な事ではないらしいのです」

 確かにそれだと「終わった話だ」と言った碩有の言葉の辻褄は合う。

 自分が許婚と別れなければならなかった時の記憶が勝手に蘇って来た。今でこそほろ苦い思い出になりつつあるが、当時はひどく悲しかった。複雑な思いがあったから余計に、だったかもしれない。

──初恋、だったから。

 榮葉はどうだったのだろうと思う。碩有の言葉通り許婚を好いていたとしても、勿論哀しくて苦しくて堪らなかったはずだ。

 だが考え過ぎかもしれないが──本当に単なる心変わりで碩有と別れたのなら、自分の事をあんな風に見たりするだろうか。

「何を考えているのですか?」

 頬を撫でられる感触がして、翠玉は過去の記憶から我に返った。

「いえ……何でもありません」
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