六天楼(りくてんろう)の宝珠
──貴女は、本当にそれで良いの?

 口にする事の出来なかった問いが、翠玉の頭の中から離れなかった。

 客人が去った後の房に一人佇んで、卓に置かれた飾台を眺めながら思う。凛とした優美さが、彼女を思い起こさせた。

 こんな風に考えるのは偽善かもしれないし、もし榮葉が「本意ではない」などと答えたら自分は間違いなく困るだろうともわかっていた。

「……一体私、どうなれば納得するのかしら」

 この胸のつかえは何なのだろう。夫が自分への贈り物に、かつての恋人の伝手を頼ったからか。

 それとも、榮葉があえて自ら乗り込んで来たからか?

 答えはどれもそうであるかもしれず、またどれも違う気もしていた。

 乗り込んで意地悪の一つでもされればまた違ったものを、彼女はあくまで心を込めて礼を尽くしている様にしか思えない。潔いだけに、一層戸惑いは深まった。

 足元で鳴声がして、翠玉は着物の裾に纏わり付く飼い猫に視線を移す。いつの間にか、散歩から帰って来たらしい。抱き上げると喉を鳴らした。

「……莉。折角帰って来たけど、また散歩に出てもらうわよ」

 内廊下まで抱えて連れてゆき、階で下ろす。

 だが莉は房に戻っていってしまった。

 鳴声からお腹が空いているのだとわかって翠玉は憮然とする。

──こうなったら、仕方がない。

「紗甫、莉に餌をやっておいてもらえるかしら」

「翠玉様、どちらに!?」

「すぐ戻るから!」

 呼ばれて房に入って来た侍女の驚く顔に見送られて、彼女は庭に『いないはずの猫探し』に出る事にした。少なくとも、誰かに咎められたらそう答えようと思った。
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