蜘蛛ノ糸

感情に任せて階段を走ったせいで、突然足元のバランスが崩れた。


しかも、階段の上の方で──。



「わっ──……」


体が少し浮いた。

胃がふわっと浮き上がるような、落ちていく時の感覚……




(落ちる……)






──パシッ!!





刹那の恐怖と驚きの後、私の視界は、急激に下っている階段を映したままで止まっていた。


二度瞬きをする。




(……落ちてない……)




「おい」


背後から声がする。それに腕が痛い。

おずおず振り返ると、例の男子生徒が私の腕をしっかりと捕まえている。

彼は私を踊り場の方へ引き上げてから手を放した。


「気をつけろ」

「あ、ありがと……」


彼はポケットに手を突っ込んで階段を下り始めた。


「ま、この高さじゃ死ねないけど」

「誰がっ!」


不意に、中段で彼が振り返る。


「なあ、ちょっと付き合って」





*5*



庭園のベンチに座った私は、生徒の声が響いてくるのを方耳で聞きながら、もう片方の耳で隣に座っている彼の声をぼうっと聞いていた。


「泣かないの? 無視されてるのに」

「涙もでない」

「そ」


相槌を打ったきり、彼は何も言わなくなった。

付き合えと言ったのはそっちなのに、どういうつもりなんだろう。

だいたい、みんなと話している時と態度が違う。
あの調子のいい性格と、この落ち着いた性格と……どっちが本当の彼の姿なのだろう。


「名前は?」


やぶ蛇に言い出したのは彼の方だ。


「はぁ? さっき知ってるって──」

「下の名前。日渡、なんだっけ?」
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