蜘蛛ノ糸
私は眉をひそめて答えた。
「私はアケル。『夜明(よあけ)』って書いてアケルって読むの。そっちこそ教えてよ」
「市川襲。思い出した?」
イチカワ、カサネ──
(あれ? イチカワ……? そう言えばさっきマキたちの話に出てきたような……)
「誰だっけ……」
相手の事を覚えていないなんて、本当に失礼な事だけれど、彼は何も気にしていないかのように表情一つ変えなかった。
「ま、そうだろうな」
そう呟いて、いきなり私の手を握った。
「え、あのっ──!?」
恥ずかしくて赤面していたのもつかの間。目を見たら、彼の瞳が紅蓮の光を宿し始める。
私はその超常的現象に驚いていたにも関らず、何か術にでもかけられたように視線が逸らせなくなってしまった。
同時に、脳裏で無理やり記憶が引きずり出される感覚に陥ったのだ。
そして、唐突なフラッシュバックが起こる。
色も音も失ったモノクロの景色に描き出されたのは、教室だった。
あれは確か、1年生の夏。7月半ば。
私の席の前にマキとハルカが立って、笑顔で話しかけてきた。
2人の姿に、インクを落としたように色と影が付いていく。
『ねえアケル! あそこの席の子どう思う? ハルカはカッコイイって言ってるけど』
『マキだって言ってたでしょ!』
『転校生かな?』
と、私が言う。
『違うらしいよ。しばらく休んでたみたい』
廊下側の席の一番後ろ。
灰色の髪で、制服をゆるく着た男子生徒。
目鼻立ちが整った彼の名前は──
『市川襲くんって言うんだって』
──そうだ。
市川、襲──。
突然、記憶の中の真っ白な彼の姿にインクが落とされ、色付き始める。
『私もカッコイイと思う!』