蜘蛛ノ糸
──ふと、意識が現実に戻された。
気がついた時、彼は私から目を逸らし、両手で目を押さえていた。
少しして顔を上げると、赤かった目が灰色に戻っていくところが見えた。
まるで魔法でも見ているような気分だった。
どうしてそんな事ができるのか、痛みはないのか、目は大丈夫なのか。
山ほどしたい質問をする前に、彼が言う。
「何か思い出せた?」
「待って、何なの今の……私に何したの!?」
我慢できずに聞くと、嫌そうな顔をした。
おそらくこの質問をしたのは私が初めてではなく、
もう何度も経験済みで、うんざりだ、といったところだろう。
「思い出せたかどうか聞いてるんだけど」
「……お、思い出したよ」
ついでに、明後日マキが誘おうとしているのが市川……アンタだってことも。
そう口には出さずにぼやいた。
市川は立ち上がると、グランドでキャッチボールをしている男子たちや、木陰で話している女子生徒たちを、細目で見やった。
「新しい記憶から順に消えていくんだ。見たもの聞いたもの、感じたこと全部……
俺たちは知り合ってから日が浅いだろ?」
「うそ……」
「他に顔が分からないヤツはいなかったか?」
私は怖くなった。
彼のことじゃない。
自分のことが、だ。
「分かんない……私……どうなってんの? 病気とか?」
「だったらまだ良かったけど。病気じゃない」
「じゃあ、なに……?」