蜘蛛ノ糸
「こんにちは。アケルさんと同じクラスの、市川です」
「まあ! アケルがよく話してたわ。あなたが市川くんだったのね!」
「僕、しばらく学校を休んでいたので、久しぶりに学校に来たらアケルさんが居なくて、その……」
母は寂しげな微笑みを浮かべた。
「そうだったの……。立ち話もなんだし、よかったら上がってちょうだい」
『ちょっと! お母さんっ!? 何で家に上げるの!?』
「聞こえてないって」
小さな声で市川が、私にそう言った。
母は市川の前に、氷をたっぷり入れた麦茶を差し出した。
私は市川と2人でソファーに座っているのに、テーブルを越えて向い側に座った母の目には、彼しか映っていないのだろう。
少し、寂しいと思った。
「アケルったら、家に帰ってきたら友達の話ばっかり。
女の子は何度か遊びに来たけど、男の子は連れてこなかったから、何だか嬉しいわ」
母はクスクス笑った。
「もしかしてアケルの彼氏?」
なんて冗談を言うのは、母の悪い癖だ。
「あ、いえ。残念ながら」
市川は笑顔で流してくれたけど、私は恥ずかしくて居た堪れなかった。
『とんでもないよ、お母さん!』
「そうよねー、アケルにボーイフレンドなんかできっこないわね。頭も悪いしガサツだし!」
もちろん、私の声に返事をしたわけじゃない。
「でもねえ、いつか奇跡的に彼氏ができて、結婚して……私がおばあちゃんになる日が来ると思ってた。まだ未来のある子だったのに──」
母はもう落ち込んではいなかった。
良き日々の思い出を語る眼差しで、グラスの中の氷を見つめている。
「まさか、交通事故なんかで寝たきりになっちゃうなんて……」
「寝たきり……!?」
『寝たきりー!?』
私たちが同時に聞き返すと母は目を丸くし、しかしすぐに微笑んだ。