蜘蛛ノ糸
「あ、そうよね、市川くんは学校休んでたから、知らないのね。
──去年の夏、部活のお友達と一緒に海に行くからって、自転車で出て行ったの。
その帰りにバイクと衝突して、頭を強く打ってしまって……。
生きていられるだけで奇跡よね。でも、このまま目を覚まさないだろうって言われたわ」
『交通事故で死んだと思ってた……』
「そうだったんですか……」
「明後日でちょうど1年よ。毎日ずっと『明日は起きるかも』って信じてやってきたけど、1年って結構長いのね」
私は市川を肘でつついた。
『病室! 病室聞きだしてよ!』
市川が手でそれを払う。
まるで虫の扱いだ。
「あら! ごめんね、窓開けっ放しだったから、蚊でもいたかしら」
『ひどいよ〜、お母さんまで!!』
「あの、お見舞いに行ってもいいですか?」
パッと満面の笑顔を見せる母。
「まあ! きっとアケルも喜ぶわ」
『何であたしが喜ぶのっ!』
母はてっきり、私の好きな人が市川だと思い込んでいるようだった。
*7*
家を出た後、学校に戻らずに私たちは病院へ向かうことにした。
「乗れよ」
と市川が自転車の後ろを顎でしゃくる。
女の子は横座りが可愛いんだろうけど、残念ながら私には似合わないと思う。
そもそも記憶があった頃、私たちは二人乗りなんてしたことあったのだろうか。
「……どうした?」
躊躇っている所にそう声をかけられた。
「私ってさ、あんたと二人乗りするの、初めて?」
「なんで?」
「……重かったらどうしよ」
一応年頃だし、体重を気にしていたら鼻で笑われた。
「幽霊なんだから重さなんてねーよ。気にしないで早く乗れって」
当然のように言われて「あ、そうだった」と納得したものの、二人乗りする事に抵抗を感じなかった訳じゃない。
二人乗りって、青春だ。きっと、もっとこう、ドキドキしながらするものだと思っていたのに。
取り敢えず今は黙って後ろに跨った。