蜘蛛ノ糸
「市川のやつ、『助ける』って言っておいて、結局自分で思い出さなきゃいけないなんて……でも……今日、市川に会えなかったら、助かる希望も持てなかったよね」
そういえば……記憶が無くなる以前の私と市川は、どんな会話をしていたんだろう?
仲は良かったのかな?
それとも、同じクラスだけどほとんど関わりがなかったのかな?
マキ……市川のこと誘うとかなんとか言っていたけれど……まさか付き合ってるのかな?
……私としたことが、なんて事を考えてしまったんだろう。
頭を振って、想像を振り払った。
自分のことに集中しなきゃ──
ベッドの上に眠っている“私”の手を掴み、そっと目を閉じた。
(去年の夏、去年の夏、去年の夏……)
心の中で何度も呟いて、事故があった日に遡ろうと試みる。
集中すればするほど、音も色もない記憶の世界が広がっていく。
そのうちに輪郭が浮かび始める。
頭が痛い。
でも、あと少しで掴めそうだ。
(去年の夏、去年の夏、去年の……)
──次の瞬間。
市川にされたのと同じように、頭の中に光が走った。
モノクロの景色の中、交差点に並んだ自転車の5人が描き出された。
私、ハルカ、廣川先輩、マキ、そして、市川──。
順番にインクが落とされ色付くのと同時に、記憶の中の時が動き出す。
信号が青になって、廣川先輩とハルカが自転車をこぎ始めた。
「俺らこっちだから! カサネ、アケル、マキ! 明日また、部活で!」
「さようならー!」
2人と別れて、残された私たち3人は、横断歩道を渡らずに進んだ。
次の交差点で、私が自転車を止める。
市川とマキも止まった。