蜘蛛ノ糸
「あたしこっちから帰るね! 近道なんだ」
「送ろうか? もう暗いし」
そう言った市川の隣にいるマキの顔が、酷く冷たい。
記憶の中の私は苦笑して、
「へ、平気だよ、すぐそこだし! マキのこと送ってあげて」
「そっか。気を付けて帰れよ。お前事故りそうだし」
何それー!? なんて笑って怒ったあと、
「じゃあ、また明日また部活でね!」
と、笑顔で手を振った。
「おう」
「バイバイ!」
──ハッと目が覚めて、窓の外を見た。
すっかり陽が落ちて、もう真っ暗だ。
「きっと、あの後事故にあったんだ……もっと前のことを思い出さなくちゃ」
もう一度目を閉じ、意識を集中する。
* * * * * *
また、モノクロの景色が広がる。
やがて、ザザーンという波の音と共に、視界を燃やす夕焼けの海の色が付く。
遠くで廣川先輩が叫んでいる。
「そろそろ帰らないかー?」
その後ろを、とある男子が追いかけてきていた。
「せんぱーい、これ先輩のじゃないすか?」
市川だった。
市川も陸上部だったようだ。けもの道をさ迷ったおかげで、すっかり忘れてしまっていたけれど。
「ねえ、アケル」
振り返ると、そこにはマキがいた。
言いにくそうに、モジモジ話し出す。
「廣川センパイ、ハルカと家近いんだって。方向同じだから家まで送るって言ってたよ」
「いいなーハルカ! 羨ましい!!」
羨ましがる私を、マキはいつになく真面目に見つめてきた。
「アケルも廣川センパイのこと好きなんでしょ? だからね──」
その時の私の慌てぶりといったら、酷いものだ。
「え? ち、ちが……、私っ、別に廣川センパイが好きなんじゃなくて、私は──」
「あたしね、」
私の声を遮ってマキは続けた。
「あたし、市川くんのこと、好きなの」