蜘蛛ノ糸
私の顔から笑みが引いていく。
気づけば無理やり苦笑していた。
「あ、あはっ、どーして私に言うかなあ? そーゆー大事なことは本人に言わないと!」
「そうだけど。アケルにも応援してほしくて」
マキの顔は真剣だった。
足音が近づいてくる。
しぼんだ浮輪を片手に、サンダルでずかずか歩いてきたのは。
「俺らも帰ろうぜ」
渦中の市川だった。
「あ、うん! 今行く!」
マキが手を振ると、市川も頷いて去っていく。
その後、マキはもう一度私を見て、こう言った。
「帰りにね、市川くんに告白する」
その一言に、私は何も言えなくなった。
息苦しくなって、視界が滲み始めて、何も考えられなくなって……
「わ、私もっ──……」
「おーい、廣川センパイ待ってんぞ!」
市川の呼び声が、込み上げる想いに蓋をするかのように私の言葉を遮った。
ごめーん、と言いながらマキは、私の言葉も聞かずに皆のところに駆けていった。
──言えなかった。
“私も市川が好き”って──
* * * * * *
次に目を開けた時、頬が濡れていた。
生き霊の分際で、涙なんか流していた。
でも、生きてる時と違うのは、涙が氷みたいに冷たいってこと。
こんなに辛い過去を思い出したのに、なぜか笑いがこみ上げた。
死に切れなかった理由が、ちゃんと分かったから。
誰かに対する憎悪とか、誰かに対する悲愴とか、そういう気持ちじゃなくて。
(市川が好き、って言えなかった)
ただそれだけ。
そんな、くだらない理由一つで、私はこの世に留まったのだ。
逆に言えばその下らない理由が……“市川が好き”という強い気持ちだけが、
私の命を繋ぎ止めているのかもしれない──。