蜘蛛ノ糸


*8*



駆け足の音が、真っ暗な病室の前で止まった。

扉が開いた時、私はベッドに顔を伏していたけれど、入ってきたのが市川だということは、見なくても分かっていた。

お母さんなら病棟を走るような真似はしないし、マキとハルカなら足音より先に笑い声が響くはず。

他に私のお見舞いに来る人に心当たりがないので、そう考えれば市川しかいないだろう。


「……なあ、寝てる?」


肩に手を置かれて、そっと振り向いた。


私の顔を見るなり、市川は目を丸くした。

暗闇の中、頬に降る涙は月明かりに照らされて光っていたので、それで気付いたらしい。


「泣いてたのか……」


私は首を横に振る。


「大丈夫。もう分かったから、私がここにいる理由が。私ね──」

「しっ──!」


市川は私の言葉を制して、手で涙を拭ってくれた。


「今は何も言うな。“狭し人”が理由を声に出して言ったら成仏してしまう」


成仏したら、そこに眠っている体に戻れないまま、死ぬということ。

危ないところだった、と私は自分の胸に手を当てた。


「私、これからどうすればいいの?」

「これ持ってて」


市川は私に何かを握らせた。
暗闇の中でも煌めく、銀色の細い細い糸のようなものを。


「俺の目を見ろ」


訳も分からず市川の目を見たら、彼の瞳はまた紅蓮の光を宿し始めた。

次の瞬間には真っ白な空間に放り出されていたのだった。

< 21 / 60 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop