蜘蛛ノ糸
*8*
駆け足の音が、真っ暗な病室の前で止まった。
扉が開いた時、私はベッドに顔を伏していたけれど、入ってきたのが市川だということは、見なくても分かっていた。
お母さんなら病棟を走るような真似はしないし、マキとハルカなら足音より先に笑い声が響くはず。
他に私のお見舞いに来る人に心当たりがないので、そう考えれば市川しかいないだろう。
「……なあ、寝てる?」
肩に手を置かれて、そっと振り向いた。
私の顔を見るなり、市川は目を丸くした。
暗闇の中、頬に降る涙は月明かりに照らされて光っていたので、それで気付いたらしい。
「泣いてたのか……」
私は首を横に振る。
「大丈夫。もう分かったから、私がここにいる理由が。私ね──」
「しっ──!」
市川は私の言葉を制して、手で涙を拭ってくれた。
「今は何も言うな。“狭し人”が理由を声に出して言ったら成仏してしまう」
成仏したら、そこに眠っている体に戻れないまま、死ぬということ。
危ないところだった、と私は自分の胸に手を当てた。
「私、これからどうすればいいの?」
「これ持ってて」
市川は私に何かを握らせた。
暗闇の中でも煌めく、銀色の細い細い糸のようなものを。
「俺の目を見ろ」
訳も分からず市川の目を見たら、彼の瞳はまた紅蓮の光を宿し始めた。
次の瞬間には真っ白な空間に放り出されていたのだった。