蜘蛛ノ糸
なぜなら、向こうからやってきた看護師が、少女の体を通り抜けてしまったから──。
日陰から日向へと移るように、自然に。
看護師は何もなかったかのように、少女が見つめている病室へと入っていく。
少女は寂しげに、病室の中を見つめていた。
「お前も見えるんだな」
「『見える』って……まさか──」
「狭し人だよ、あの子」
不意に、少女が私たちの方を振り向いた。
そして、泣きそうな顔でこう訴えてくるのだ。
「助けて……」
市川は少女の思いに答えるかのように、しっかり頷いた。
その様子を見て気付いてしまった。
市川は、その少女を救うために奔走するのだろう。
そして、また学校を何度も遅刻したり休んだり……
「市川、──」
また学校で会えるよね? そう聞こうとしたけれど、
「時々は学校に顔出すから」
と市川も同時に言ったので、私の言葉は打ち消された形になる。
もう一度何か言おうとして市川の顔を見上げたけれど、酷く真剣な顔をしていたから、何も聞けなくなってしまった。
今私が何を質問しても、きっとそのどれもが彼にとって答えるのも面倒なくらい平凡なことのような気がして──。
私を部屋まで送り届けると、近くにいた看護師に任せて彼は去っていく。
出ていく時ちょっと視線を投げかけて、視界の隅に私を入れるみたいにして、ひとり言のように告げた。
「お元気で──」