蜘蛛ノ糸
彼は友達と一頻り笑った後で、ふと、こちらに気づいた。
ちらっとだけ私と目が合うと、
「……悪い、担任に用事あるの忘れてたわ」
「おー、急げよ、また絞られんぞ!」
輪から抜け出すと、私の横を通り過ぎて階段へ向って行った。
*3*
「ねえ、待って!」
階段の踊り場に差し掛かった彼が、足を止めて振り返った。
追い付いた私を見下ろし、ポケットに手を突っ込んで立っている。
「……なんだよ」
その第一声にギョッとした。
さっきまで友達と話していた時のような朗らかな笑顔はない。
遅刻してきた時の楽天的な性格は幻覚かと思えるほど、別人みたいだ。
(怖ッ! さっきと性格違うじゃん!!)
鋭く伏せた目元に一層影を宿している。
「何か用?」と再び聞かれたので、思い切って尋ねてみた。
「ええと、……転校生?」
「違う。皆と一緒に入学した」
「え? でも私、全然──」
「『覚えてない』??」
図星を指されて、もう頷くしかなかった。
彼は少し首を傾げて私を見た。
「……お前さ、日渡だろ」
「何で知ってんの!?」
「だから──」
「あ、そか、転校生じゃないんだった、ごめん」
やれやれと言いたそうに彼は額を押さえた。
その頃、先生が階段を上ってやってきて、私たちに「教室に戻れ」と言ってきた。
先生が通り過ぎて行ってすぐチャイムが鳴り響いたせいで、話は御開きになってしまうし、彼は教室へ向って階段を上り進めてしまうしで、私は当然ながら慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 君の名前まだ……」
聞こえなかったのか、それとも私の相手をするのが面倒になったのか、彼はそのまま教室へ戻ってしまったので、私も黙って教室に戻ることにした。