オレンジジュース[短編集]
「しい…なさん?」
しかもあたしの名前──知ってる。
とりあえずぶつかってしまった恥ずかしさから、顔が赤くなり、それを隠そうと俯いた。
「ごっ、ごめんなさい本当に!!」
いざ本人を前にすると、笑顔の方法も、相手をドキっとさせる必勝仕草も、頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。
「いや。俺は大丈夫。椎名さんこそ怪我ない?」
下から顔を覗き込む久我くん。思わず目をそらす。胸はさっきからずっとドキドキ高鳴りっぱなしだ。
「じ、じゃあね久我くんっ!」
そう言って走り出したあたし。
─────ギュッ。
え…?
不意に腕を後ろに引っ張られた。ぽすっという音を立て、気づけばそこは久我くんの腕の中だった。
何が起こったのか頭がついていけず、パンク寸前のあたしに久我くんが口を開く。
「俺…椎名さんのこと知ったのここ最近なんだけどさ…。知ってからというもの、なんか目が離せなくて。いっつもパワフルでそれでもって女らしくて可愛くて。
えぇっと…つまり…
椎名さん…好きです」
久我くんはそれから最後に、ギュッとあたしを包む腕に力を込め、「返事はいつでもいいから」と言い残して去っていった。