苦くて甘い恋愛中毒


さて、連絡があったのが九時前だから、ここに来るまでの時間を差し引いても、早ければ三十分以内には帰ってくるだろう。

『海外出張の後は絶対に和食』と言い張る彼の意見にはまったくもって同感だが、普段食に関心を示さない彼がどうしてこのときばかりはこうも頑固なのか。
そのおかげというか、和食が大の得意料理になってしまった。

そして、どうにも飛行機というものが嫌いらしい彼は(なぜこんな仕事を選んだのか謎である)、帰国直後はいつにもまして機嫌が悪い。
それをなだめるのが私の手料理だというのだから、気合が入るのが女の性というものだろう。


もうまもなく完成というところで、玄関が騒がしくなった。
この部屋の主のお帰りだ。

「おかえりなさい。出張お疲れ様」

「腹減って死にそう」

「あとちょっとだから、先に着替えたら?」

線だけで了承の意を伝え、ベッドルームへ向かう。
その途中でしっかり、私に大きなスーツケースを手渡してきた。
中を出して片付けておけ、という無言の圧力だ。

それなりに付き合いの長い私達の間には、こういうことがよくある。
言わなくても分かるだろう、っていう暗黙の了解ってやつ。
(それだけ聞けばいい響きかもしれないけど、内容が内容だけに、ちっとも微笑ましくなんかない)



夕食というには遅い食事は、大急ぎで仕上げたわりには上出来だと思う。

声を掛けようと目をやると、ソファーに座ってPCと向き合っている。
帰って早々仕事かと、相変わらずのワーカホリックぶりに呆れつつも、声を掛けるのを躊躇していると、視線に気がついたようだった。

「さすが、うまそう。向こうの飯も悪くないけど、やっぱ恋しくなるな」

「うまそうじゃなくて、実際うまいのよ」

照れ隠しに口を尖らす。
素直にお礼のひとつでも言えればいいのに、可愛くないことばかり言うこの口が恨めしい。


さすが、とか言わないでよ。
恋しいって、向こうでも私のこと、少しは思い出してくれたってこと?




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