苦くて甘い恋愛中毒
資料を片手にPCに向かっている彼は、仕事中なんだろうか。
仕事を終えて帰ってきたばかりだというのに、大変そうだなと声を掛けるのを躊躇する。
「あの、できたんですけど……」
「あ、まじで? こんな早いと思わなかった」
それもそのはず。
私がキッチンに向かってから、精々分程度15分程度だったのだから。
お皿を運んでいくとふわりといい匂いが漂い、自分も食べたいという気持ちを抑える。
家で軽く済ませてきたし、こんな時間に食べたら確実に太る。
「へぇ、うまそう! これなに?」
「パエリアとまではいかない、リゾットみたいな? 材料もなかったんで、即席ですけど」
段ボールの中に入ってたもの、それは大量のトマトだった。
なぜトマトだけがこんなにあるのか分からないけど、せっかくあるんだし活用させていただくことにした。
有り合わせのつまみの缶詰なんかを適度に混ぜこんで、出来上がったのがこのパエリア以上リゾット未満。
正直、よく作れたと自分を褒めたたえてあげたい。
「すごいうまい。ミシュランいけそう」
ミシュランの意味を分かってるんだろうか。
トマトの件を彼に聞くと、家がトマト農家の同僚がくれたらしい。
ひとり暮らしの男にあんな量が使い切れるわけもなく、放置していたそうだ。
結局、米粒ひとつ残さずに平らげてくれた。