苦くて甘い恋愛中毒

マンション併設の駐車場に止められていた、これまた高そうな彼の黒い車に乗り込む。

助手席に座り、無言でエンジンをかける彼の横顔を盗み見た。
男の車に乗るのなんてはじめてでもないのに、どうしてか戸惑ってしまう。

同世代の男子とは明らかに違う、慣れたハンドルさばきと軽やかな発進。
サイドミラーを確認する彼の流し目に、思わず心臓が跳ねる。


嘘でしょ。
なんなのよ、もう。
私、一昨日彼氏と別れたばっかりなのに。

いや、違う。
慣れない大人だから萎縮してるだけだ。そうに違いない。


「なに、キンチョーしてんの？」

煙草いい？　と言い終わるのと同時に煙草に火をつけた。
確認の意味なんてあったのだろうか。

煙草を吸う男をかっこいいなんて思ったことはなかったけど、この男にはひどく様になっていた。


「緊張なんて、してません」

「じゃあ見とれてた？」

私の言った住所をナビに打ち込みながら、しれっと彼が言う。

こんな会話だって、はじめてなわけでもないのに。

「馬鹿にしないでくれます？　私だってそれなりの経験あるし、これくらいでいちいち動じたりするわけない」

「あー、まぁ確かに経験豊富そうだよな、ガキのままごと恋愛って感じだけど」

「なにそれ。ちゃんと恋愛だし！」

「適当に告られて、悪くないしとりあえず付き合ってみるけど続かない、ってかんじ？」

“あ、もしや図星？”

ムキになる私と、またも余裕な男。

私のなにが分かるっていうのよ。
とはいえ、言い返せずに息を飲む私を、おもしろそうに横目で見る。


「じゃあ、したことあるんですか、本気の恋愛」

「そりゃまぁ、それなりに。オトナですから」

馬鹿にされて、子供扱いされて。
怒らなくてはいけないところなのに。

この男に愛される女性ってどんなひとなんだろう。

――そんなことを考えてしまったこのときの私は、明らかにおかしかった。