苦くて甘い恋愛中毒
残業を終えてオフィスを出ると、腕に巻かれた時計は午後8時を示していた。
とてもじゃないけど、今から自炊する気力も体力も残っていない。
今日もディナーはコンビニ弁当だ。
乱れた食生活について要に注意しておきながら、今じゃこの有様だ。
「菜ー穂ちゃーん」
あれは、まさか。
「……五十嵐さん? 何やってるんですか」
予定があるから、と私に残りをすべて押し付けて、早々に帰ったはずではなかったか。
「菜穂ちゃんをデートに誘おうと思ってさ」
夕飯まだでしょ?
俺もなんだ、付き合ってよ。
どうしても行きたい店があって、予約取って、家に車取りに戻ってさー。
超ハードスケジュールだったよー。
念のために言っておくけれど、私はなにひとつ返事していない。
正確には、そんな間髪もなかった。
それなのに、ひとりでべらべらと喋り続け、ご丁寧に助手席のドアまで開いて、自分はさっさと車に乗り込む始末。
「早くしないと置いてっちゃうよー」
いやいやいや、そもそも行くなんて言ってないですけど。
置いていってくれて一向に構いませんけど。
でもまあ、夕飯がまだなのは本当だし、とあきらめて大人しく車に乗り込んだ。
以前、五十嵐さんが自分の宝だと語っていた愛車は、意外にも乗り心地は良好だった。
いつもとは違う、柔らかいシートの感触と運転手の横顔。
でも、たまにはこんな夜も悪くない。不覚にもそんなことを思ってしまった。