苦くて甘い恋愛中毒


五十嵐さんに連れられてやってきたのは、あるイタリアンレストランだった。

ここは、彼と初めて一緒に取材に来たお店で、オーナーやシェフとはすっかり顔なじみだ。

「どこに行くのかと思ったら、ここだったんですね」

「この店の素晴らしさは俺と菜穂ちゃんが一番分かってるだろ?」

そう言って、あまりに屈託のない笑顔を見せるから、思わず私も笑顔を返してしまった。


「一応さ。俺たちの初仕事が終わった打ち上げって意味も込めてるんだけど」

ワインを口にしながら、さらっとこんなことを言う。
そういうことなら先に言ってくれればよかったのに。

デートだって誘うところが、いかにも彼らしい。

「じゃあ、乾杯しましょうか」

意外と素直な私の反応に少し驚いたようだったけど、すぐにいつもの人懐っこい笑顔を見せる。

カチン、とグラスの音が響いた。


「あ、そうだ。もうひとつ……」

嬉しそうに口を開いたかと思うと、すぐにその口をつぐんだ。

「……? なんですか?」

急に黙ったのを不思議に思い、疑問の意志を伝えた。

「やっぱやーめた!」

いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、料理に向き直る。

なになになに? 
途中で止められたりなんかしたら、もっと気になるじゃない。


でも、何度聞いても彼がその理由を話すことはなく、ふて腐れたように口を尖らせる私を、子供でもあやすかのように料理とワインを勧める。

口をつぐむ前に、今まで見たことのないような切なげな、真摯な顔をしたように思ったのは。
きっと私の気のせいなんだと思う。


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