苦くて甘い恋愛中毒
開店当時の苦労話や人気メニューの制作秘話など、興味深い話に花を咲かせていると、オーナーが私たち越しに声を上げ、手を振った。
「すずちゃんに仲山君!」
オーナーに名前を呼ばれた一組の男女は、軽く会釈をしてこちらへ向かってくる。
あれは……まさか。
「あぁ、ご紹介します。長年お世話になっている商社の方で、相沢鈴子さんと仲山要さん」
人違いかもしれない。
他人の空似かもしれない。
そんな私の思いは完全に否定された。
相沢さん、と紹介された女性が優しそうな笑顔を向けてくる。
彼は彼で一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに笑顔を浮かべた。
私にはたまにしか見せないような笑顔を、いとも簡単に作り上げる。
「こちらは前に話した雑誌編集者の方で、五十嵐慧さんと金村菜穂さん」
動揺してしまった私に代わって、五十嵐さんがはじめまして、と人あたりのいい笑顔を向ける。
すると、相沢さんがかわいらしい声を上げて私の手を取った。
「あなたが?! オーナーからお話は伺っておりました。お店のことをすごく独特の観点で書いてくれたって。一度お会いしたいと思ってたのよ」
しっかりしろ、これは仕事だ。
そう自分に言い聞かせて、彼女の手を握り返す。
「ありがとうございます。そういっていただけて光栄です」
相沢さんがにっこりと微笑むから、私も笑顔を返す。
純粋な彼女のそれとは対照的に、私のは完全に作り物だったけど。