苦くて甘い恋愛中毒
「菜穂」
私の脳にダイレクトに響く低い声。
含んでいた煙草を地面に踏みつける砂利の音。
たったそれだけで、私の全神経は10m先の男に集中する。
それは、隣にいる五十嵐さんも同じだったようで、私の右肩を抱く腕に、少し力が入ったのが分かった。
「選んで。俺か、あの人か。俺なら絶対寂しい思いなんかさせない。菜穂がうんざりするほど愛すよ」
私の方は向かずに、ただひたすら要だけを見据えて、最上級の言葉を囁いてくれた。
要には聞こえないように。
でも、私にしっかり伝わるように。
彼の言葉に嘘はないと思う。
もし彼を選んだら、今言ってくれた以上に大事にしてくれるだろう。
私がつらいときに限って彼が現れたのは、きっと偶然ではない。
それくらい、私のことを見て、気にかけてくれていたから。
それなのに。
「菜穂、帰るぞ。さっさと車乗れ」
再度私の名を呼んで、相変わらず身勝手な言い分を口にする。
それでも、やっぱり私はどうしたってこの声に逆らえない。