鏡人
太陽はとっくに沈み、一番星も顔を出した。生徒達は、玄関前に立つ教師たちによって通学バスの最終便へと急かされている。他の生徒達にとっては、一学期と何も違わない二学期の初日なのだろうが、おれが、この時間にこうしている、なんとも久しぶりの経験である。
「おい、甲子園の優勝投手だといって俺は容赦しないぞ、ネクタイ締めろ」
「はい。はい」
「なんだ、その言い方。俺の指導に文句あるのか」
おれは、その声を背にしてバスに向かう。この時間、こうやって毎日、生活指導の教師というものは玄関に立っているのか。今までは野球漬けの生活だった。最終便のバスより遅くまで練習して、野球部用のバスで帰るという毎日であった。四月から毎日が充実していた。そして、甲子園優勝という最高の成果を残した。しかし、今日からは、おれも普通の高校三年になってしまった。学校の補習を受け大学受験に備えないといけない。野球部の仲間は推薦入試で大学を決めた。就職する仲間もいる。世の中には、何百もの大学があるというのにおれが行く大学がないというのはどういうことであろうか。もしかして、俺は大学に行く以外の道に決まっていて、おれはそれに気づいていないだけなのだろうか……。今日一日何回も考えた質問がまた、頭の中で蠢く。
学校のバス停には方向別のバスが何台か並んでいる。真っ暗な外でバスの行き先のプレートをグラウンドの一本の照明塔がぼんやりと照らしている。地面は、昼間降った雨の影響で、ところどころに水溜りがある。気をつけていないと、それ足を入れてしまう。自分のバスを確認して乗り込み、後ろの方の二人がけの席に座る。
――さて、夕ご飯としようか。
鞄の中からおにぎりを取り出す。朝、コンビニで買ったおにぎり、少しつぶれかけてしまっている。赤いテープを切って、ビニルを両側から取り海苔を巻き噛み付く。
「横いい?」
突然の声で慌てて横を振り向く。野球という男の世界が中心だと、女子と話しをする機会がめったにない。ひじをぶつけた衝撃で鞄を床にドサと落としてしまう。その女子は鞄をよけ、おれの横に腰掛ける。
――クラスメイトだとは思うが……名前が思い出せない……。野球中心でクラスを考えたことなんてなかったからなぁ。
プシューとバスの扉が閉まる。軋みながら、この古びたバスが学校の前の坂を下りだす。
「おい、甲子園の優勝投手だといって俺は容赦しないぞ、ネクタイ締めろ」
「はい。はい」
「なんだ、その言い方。俺の指導に文句あるのか」
おれは、その声を背にしてバスに向かう。この時間、こうやって毎日、生活指導の教師というものは玄関に立っているのか。今までは野球漬けの生活だった。最終便のバスより遅くまで練習して、野球部用のバスで帰るという毎日であった。四月から毎日が充実していた。そして、甲子園優勝という最高の成果を残した。しかし、今日からは、おれも普通の高校三年になってしまった。学校の補習を受け大学受験に備えないといけない。野球部の仲間は推薦入試で大学を決めた。就職する仲間もいる。世の中には、何百もの大学があるというのにおれが行く大学がないというのはどういうことであろうか。もしかして、俺は大学に行く以外の道に決まっていて、おれはそれに気づいていないだけなのだろうか……。今日一日何回も考えた質問がまた、頭の中で蠢く。
学校のバス停には方向別のバスが何台か並んでいる。真っ暗な外でバスの行き先のプレートをグラウンドの一本の照明塔がぼんやりと照らしている。地面は、昼間降った雨の影響で、ところどころに水溜りがある。気をつけていないと、それ足を入れてしまう。自分のバスを確認して乗り込み、後ろの方の二人がけの席に座る。
――さて、夕ご飯としようか。
鞄の中からおにぎりを取り出す。朝、コンビニで買ったおにぎり、少しつぶれかけてしまっている。赤いテープを切って、ビニルを両側から取り海苔を巻き噛み付く。
「横いい?」
突然の声で慌てて横を振り向く。野球という男の世界が中心だと、女子と話しをする機会がめったにない。ひじをぶつけた衝撃で鞄を床にドサと落としてしまう。その女子は鞄をよけ、おれの横に腰掛ける。
――クラスメイトだとは思うが……名前が思い出せない……。野球中心でクラスを考えたことなんてなかったからなぁ。
プシューとバスの扉が閉まる。軋みながら、この古びたバスが学校の前の坂を下りだす。