Monsoon Town
(――離れないで…!)

そう思ったのは、気の迷いだと言いたかった。

「じゃ、帰る」

陣内が腰をあげた。

「お前の気も知らずにあんなこと言ってすまなかった、那智」

――那智

自分の名前なのに、特別な言葉のように聞こえた。

陣内が背中を見せたと思ったら、玄関に向かって歩いて行った。

那智は目で、陣内の後ろ姿を見送った。

しばらくすると、バタンと玄関から音が聞こえた。

帰ってしまったのだとわかったとたん、急に寂しさが襲ってきた。

「――何よ、私…」

那智は自嘲気味に呟いた。

帰って欲しくないと言っているみたいじゃないかと、那智は思った。
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