恋文
白いベッド。
クリーム色のカーテン。
小さいテレビ。
俺と向かいのおじさんだけの特権でもある窓。
それが今のおれの生活空間。
いつものように薄手の長袖シャツをはおる。
「兄ちゃん、今日も出掛けるのか。いい加減にしろよ。」
向かいのおじさん改め岡村さんが呆れたように言った。
「今遊ばないでいつ遊ぶの。早寝早起きがんばってんだからこれくらい許してもらわないとね。」
岡村さんと残り二人の仲間が笑う。
「夕食までには戻るからバレないことを祈ってて。じゃ。」
財布も携帯電話も置いて、一眼レフのカメラだけを肩にかけると病室を後にした。
窮屈な病院の窮屈な四人部屋。
個室がいいが、そんな金はない。
それに俺に個室はまだ早い。
ああいうところは然るべき時に然るべき人が入るものだ。
二重の自動ドアを抜け、病院を出るとムッとした空気が俺を襲った。
昨日までは気づかなかった蝉の鳴き声。
午後をだいぶ過ぎても衰える事のない太陽。
あぁ。確か今年は蝉の鳴き始めが遅いと岡村さんが言ってたな。
姿の見えない蝉の一週間の命を不憫に思った。
それと同時に尊い、とも思った。
日陰の中で信号が変わるのを待つ。
待ちきれないとでもいうように頭の中にあの音が響いた。
ーカシャッ
子供の頃、その音に魅了された。
シャッターを切る時に響くあの小気味いい音。
必死に貯めたお年玉と小遣いで買ったこの一眼レフ。
あの時から俺は写真の虜となった。