恋文
決して美人とは言えない容姿。
ただブスというわけではない。
ノースリーブのワンピースから伸びた白い腕が眩しい。
「ちょっと。聞いてる?おじさん。」
“おじさん”ね。
「聞いてるよ。
たまたま誰も座っていないあのベンチを撮ろうとしたら、たまたまシャッターを切った瞬間に君が座った…そんな状態。
俺は不可抗力だよね。お嬢さん。」
「お嬢さん?子供扱いしないでくれる?
一応、ハタチ越えてんだけど。」
へー。
目の前で仁王立ちする彼女はせいぜい高校生くらいにしか見えない。
それより…。
「さっきから君の犬が俺の靴かじってるんだけど。」
足元を指差す。
俺のスニーカーの紐を必死にかじる茶色い犬。
確か今人気のトイプードルってやつだ。
「え?こら!あんず!!ダメでしょ!!」
彼女は慌ててリードを引っ張った。
犬がクゥ~ンと情けない声を出す。
「悪いな。あんず。俺この靴しか持ってないから壊されたら困るんだ。」
しゃがんであんずの頭を撫でる。
あんずは嬉しそうに尻尾を振りながら俺の手をなめた。
その首輪に四角くてでかい何かがつけられているのに気づいた。
手にとってみると住所、電話番号、そして名前が記されていた。
「小泉由季?」
「え?何よ?」
彼女は怪訝な顔をして俺を見た。
「個人情報垂れ流し。」
彼女に向かってあんずの名札を指差した。
ばつの悪そうな顔をした彼女が言う。
「もし迷子になったこの子がその名札のおかげで元に戻ってくるのであれば、私の個人情報なんてどう悪用されても構わないの。」
きっとこの子はあんずが死んだらひどく悲しむだろう。
毎日、泣き続けるだろう。
ずっと忘れないだろう。
彼女に応えるかのようにあんずが大きく鳴いた。