恋して、チェリー
「……あっ、…んんっ」
“見つけた!”と、言葉をこぼす前に慌てて自分の口を塞ぐ。
そうだ……今は、授業、授業。
授業に集中しなきゃ。
とか思いつつ、あたしの視線はその人に奪われっぱなしで。
その後ろ姿に張り付き、あるチャンスを狙っている。
そう、それは顔――…。
もう少し、もう少しでトラックのカーブ部分に差しかかって顔が見えるはずなんだけど……。
あと、もうちょっと……と、目を凝らした時。
「どこを見てるんだ?」
教科書を片手に、ナマズがこちらへと向かってくる。
体格のいい体に、ふくよかさが合わさって貫禄を感じさせている。
ズシン、ズシンと――まるで地響きを思い出させる音と共に迫って来て。
「あっ!え~と……いわくら…ぐ、ぐ……ぐしさんはすごいなと」
「バカ者っ!岩倉具視と書いて、“いわくらともみ”と読むんだ!」
――もうとっくに終わっとるわ!
人の話をきちんと聞いとれ!
穏やかそうな顔が一変、怒りに震えるナマズンに変身。
丸めた教科書でパシッとやられ、今教えてもらったばかりの……
いわくらぐし、――という名前の人物があたしの頭からポロッと抜け落ちた。