恋して、チェリー
「おいっ! 咲坂!」
――何突っ立ってんだ!
本当、先生の声なんて聞こえないくらい。
あの瞬間だけは、あたしと恭一くんだけのものだったんだ――。
「え~! 会うの?」
久しぶりに開かれた恋愛会談の、1発目の比奈の声。
「でも誤解だったんデショ?」
キナがチョコをパクリ。
「もうこれで最後だから」
1時間目の体育のことは、ふたりにはナイショ。
しばらくは……この甘く焦がれるキモチに浸っていたい。
無理に忘れられなくてもいい。
誰をどれだけ想ったって、それは誰だって自由だもん。
「危険な匂いがする」
――傷心なちぇりを狙って、オトしにかかるかも!
「あたしも同感」
――新しい恋が始まっちゃったりして?
ふたりの声なんて、まったく耳に入って来なくて。
あの瞬間を思い出しては、一時停止。
映像がぼやけてくれば、また巻き戻して。
少しでも、ほんの、一瞬でも。
確かに彼のショコラの瞳の中に、あたしは映れたんだよね――?
たったそれだけのことなのに。
焦げて焦げて、茶色を通り越して色素まで抜けてしまったアメ色。
そんなハートの一部が……僅かに“元の色”を取り戻し始めてる。