【完】甘いカラダ苦いココロ
「『さや』……名字ですか?」
「多分、名前です。名字は知らなくて」
このアクセサリー売り場では『さや』という名前は一人だけ。
「私、『志村 沙耶』と申しますが、よろしければご用件をお聞きしましょうか?」
うちのお店にあるシルバーリングは手頃な値段から揃えてあって、高校生のカップルも多い。以前接客したお客様かもしれない。記憶を手繰り寄せながら名前を答えた。
その途端、睫毛の長い大きな目で睨み付けられる。
「あなたが……!?」
商品のクレームでもないような雰囲気に息を飲む。
「あの……?」
「話があるんですけど……」
けして愉快な話ではなさそうな空気を感じつつ、時計を見ると、もう七時を回っていた。
「場所を変えましょうか?」
無言で頷く彼女は有無を言わせぬ迫力があった。
背中に痛いほどの視線を感じながら、簡単に帰る準備をしてカードリーダーに出勤表を通した。