夕陽の向う
2-3

「僕は、そうは思わないんだよ。

癌が発見されてから、いろいろなことが次々あって、そのことを考えてみるとね。

例えば、手術の前なんかには、

『この手術で死ぬかもしれない』

とか考えると、絶望的にはならないまでも、元気が無くなるよね。

でも、手術が成功して、症状が回復してくると、また元気が出てくるだろ。

人は、昨日よりも進歩した、昨日よりもいい状態にある自分を見るとき、希望と元気が出てくるんだよ。


昭和30年代の日本の皆が、今よりもずっと貧しかったはずなのに、今よりもずっと元気で希望を持っていたって、幸せだったって言われるのと同じだと思うけどね。」


睦子は聞いている。

元は何を言い出すのだろうかと思いながらも、元がこんな風に話し始めるときは、大事なことを言おうとしているのだと思うから。


「社会のことは複雑だけど、一人の人生を考えると、もう少し簡単だよ。

昨日よりも進歩した、昨日よりも成長した、昨日よりもレベルが上がった自分を見ることができれば、人は幸せだし、元気が出る。

明日の自分が、今日よりもレベルが上がった自分であって欲しいから、努力したり勉強したりするわけだろ。

でも、レベルは一生上がり続けるわけではないよね。

あるとき、昨日よりレベルの下がった自分を見ることがある。

人生が続くなら、またレベルを回復しようと頑張れるわけだ。

でも、頑張っても、以前の自分のレベルに回復できないと思った時、人は何を目標に頑張ればいいと思う?

しかも、人にもよるけど、あるとき、先が見えることがあるんだよ。」
< 10 / 27 >

この作品をシェア

pagetop