夕陽の向う
2-5

睦子はやっと、元の言いたいことが判った。

「つまり、抗癌剤治療をすると、団子が1日10個しか作れないと思うのね。」

「そう。もちろん、僕も長く生きたいけれど、合計何個の団子を作れるかに挑戦したいから、そのためには、抗癌剤は使わないほうがいいと思うのさ。

幸い、この前の手術でも、声帯が残せて、話ができる。

これは、今の僕のレベルを高くしてくれていると思うし、まだ、食べられるし、歩けるし、車の運転だってできるし、いろいろなことができる。

これを、抗癌剤の副作用で全部だめにはしたくない。」


判ったけど、睦子は思う。

『団子なんて、作らなくていいんじゃないの。

どんなになったって、元が生きていてくれることのほうが何倍も大事なのに。

少しでも長く生きていて欲しいのに。』



でも、それは、口には出せなかった。

こんなときに、言い争いをしたくはない。
争っても、元の気持ちは固そうだし。

私の気持ちを判って欲しいと思いながら、それを言うことは、わがままを言っているようにも思える。

『今、我儘を言うべきは、私じゃない。一番つらいのは元のはずだもの。』


ぐるぐる回る心を静めるように、睦子はやっと口にした。

「そうすることが、抗癌剤を使わないことが、元にとって、一番元気が出ることなのね?」

「そうだよ。そうしないと、後悔すると思う。」

「判った。元が、一番元気でいられるように、しよう。」
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