夕陽の向う
4-7

元は、最後まで、本当に意識のあるぎりぎりまで、睦子の言ったことを考えていた。

考えようとすると、いろいろな苦痛が、考えることの邪魔をする。

でも、

『あの世でも、普通の生活があって、睦子とまた、夫婦として暮らす。』

その考えの魅力は、元の中でどんどん大きくなっていたのだ。


『神様とか、死後のこととか、もともと人の考えたことだ。

理論的に、辻褄が合うとか、矛盾しているとか言うことのほうが、むしろナンセンスじゃないか。

人の考えたことだから、自分が一番そうなって欲しいと思う形を、信じることが正解じゃないのか。

僕は、本当にそうなら、そうできるのなら、次の人生でも、睦子と暮らしたい。』



『ゆっくり』

と書いたのが、元の最後の『言葉』になった。

その後も、睦子が手を握ると、元は握り返してくれた。


『ゆっくり』
から、2日後の夜中近く、
睦子が握った手を、握り返して離さないまま、
睦子が少しうとうとしている間に、
元は、眠るように息をしなくなっていた。


看護師さんが、息をしなくなった元の体を、

「抱いてあげてください。」

と、睦子に言った。


元の体は、やせ細っていたけど、まだ温かかった。
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