ユータナジー
「あぁ。」
「…そうなんですか。」
俯き加減の顔に長い睫の影が落ちる。
不意に一緒に通ったバスの中を思い出してしまう。
「…私、何も覚えてなくて。」
「そっか。」
余裕ぶってまだ顔は微笑みをなくさない。
本当は、心の奥がキリキリと痛いくせに。
「さっきの三枝さんも、寺島さんも覚えていなくて。」
「…うん。」
「名前、聞かせてもらえますか?」
「琥珀ちゃん、記憶が無くなってる。」
苦しそうに顔を歪めた三枝はそう言う。
「は?」
「本当なの。私のことも寺島のことも、なんで自分が病院にいるのかも分かってなかった。」