彼-id-SCOUP
さて、と。
今日のオススメは――
「あっ!?」
ショーケースの中のオススメコーナーをみた瞬間、思わず声を上げるわたし。
だってそこにあったのは、
「キューブバウム!!」
その名の通り四角い形をしたバウムクーヘン。
今日のそれはホワイトチョコでコーティングしてあって。
さらに上にちょこん、と柚子ピールが乗っている見た目に涼やかな――ってそれはひとまず置いておいて、
「じゃぁ今日は……あぁやっぱり!」
ぐるり、と店内の壁を見渡したわたしはあるものに気付く。
「絵が新しくなってる!!」
視線の先には1枚の水彩画。
深い紺色の夜空に満天の星が咲き誇る景色の中、佇(たたず)みそれを見上げる少女の絵。
霞むような主線の上をやさしく包み込むように塗り重ねられた淡く、けれど複雑な色合い。
切ないのにどこかあたたかいこの画風。
「今日って、紗智(さち)さんいらしてたんですか!?」
「そうなの。午前中にね」
「え~そんなぁ……。そうと知ってたら学校早退したのにぃぃぃ……」
「あらあら。だめよぅ。紗智ちゃんそういうのは嫌いだから」
「で、でもぉ……」
画家、日下紗智(くさかさち)さん。
独特のタッチで物語を想起させる絵をいくつも描いていて、様々なところで活躍をしている女性。
何を隠そうわたしは彼女の大ファンなのだ。
初めて彼女の絵と出逢ったのはいつものように借りた図書館の本。
その表紙と挿し絵。
それをみた瞬間にまるで恋に落ちたかのような感動を受けたのだ。
この『トリニティ』に通うようになったきっかけも彼女の絵で。
高校の初登校の日、偶然お店の窓から壁に掛けられた絵をみつけたからだった。