新しい歌

 六本木の深海魚へ着いた時には、既に夜の九時を回っていた。

 ツカの恋女房が満面の笑みで私達を迎えてくれた。

 結果を既に旦那の深海魚から聞いていたのだろう。店に入った途端、いきなりクラッカーの洗礼を受けた。

 店内に目をやると、いつもの深海魚らしからぬ満席状態。よくよく確かめてみると、みんな知った顔ばかりだ。

 私達と同年代、下の者も居るが、せいぜい一回り年下の連中ばかり。まるで老人ホームの慰安会か、よく言っても下町のカラオケスナックのような集まり方だ。

「フーちゃんおめでとう!」

「ツカ、やったな!」

「シンさん、またステージに立つのね」

 口々にお祝いの言葉を言って来たこの夜の連中は、ロンリーハーツの時代から応援してくれていたファンクラブのOBだった。

 中には、自分でもバンドをやっていたり、ジャズ歌手になった者も居る。

 心から音楽を愛し、仲間を愛する連中。

 深海魚の恋女房が、集めたのだろう。

「今夜の主役は俺達じゃないよ」

「判っているわよ。そこの可愛らしいお嬢ちゃんでしょ」

 滅多にお嬢ちゃんなどと言われた事がないせいか、レイは顔を思い切り真っ赤にして照れている。

「さ、主役のお嬢ちゃんはこっちに来て」

 ファンクラブの元会長、湯川治代がレイの車椅子を奥のボックス席へと案内した。

 みんなからハルさんと呼ばれている彼女は、自分でもライブハウスを経営している。

「これで主役が全員揃ったから、早速乾杯しましょ。もたもたしてるとみんな老人だから乾杯より先に寝ちゃうからね」

 笑い声とおめでとうの声に包まれて、手にしたグラスを高々と上げた。



< 103 / 133 >

この作品をシェア

pagetop