新しい歌
【梅雨のひぬま】
土曜日の夕方五時に、私と浅倉は東横線渋谷駅の改札口で待ち合わせた。
普段なら、五分以上は間違いなく私が待たされるところなのに、この日は私の方が十分以上も彼を待たせてしまった。
別段、遅れる程の用事があった訳ではなかった。家を出る寸前まで、気持ちが定まっていなかったのだ。
例の「とんでもない子」への興味よりも、那津子と顔を合わす事に後ろめたさを感じていたからだ。
余程、浅倉に電話を掛けて行くのをキャンセルしようかとも考えたが、さすがに約束を破るだけの勇気は無かった。
遅れて待ち合わせの場所へ行くと、浅倉はホッとしたような表情を浮かべ、
「今電話しようかと思っていたところなんですよ」
と言った。
彼も、ひょっとしたら直前になって私がドタキャンするのではと心配になっていたようだ。
横浜は久し振りだった。
那津子と結婚したばかりの頃は、割と頻繁に二人してあちこち出掛けた事もあったが、別居してからの私はすっかり出無精になり、仕事以外では、自宅のマンションがある南平台と六本木の深海魚位しか出歩かなかった。
浅倉は、私が途中で気が変わったりして逃げ出すのではないかと心配してか、ピッタリと身体を寄せて歩いている。