新しい歌
閉ざされた瞼。目の不自由な人間に共通する、首を左右に振る癖。
じっとその姿を見つめている那津子。
まるで、母親のように慈愛に満ちた眼差しだった。
私には、ただの一度もそういう眼差しをくれた事がなかったように思う。
そんな、女々しいような男の嫉妬心を恥ずかしく感じ、私はその子に気持ちを集中させた。
誰の手も借りず、キーボードの鍵盤に両手をそっと置く。
その時、予感めいたものが私の全身に電気となって走り抜けた。
まだ一音も発していない。なのに、私はこの先起こるであろう奇跡の何十分間を既に感じ始めていた。
玲と紹介されたその子から放たれたもの。
言葉では言い表せない摩訶不思議な感覚。
それは、遠い昔にたった一度だけ感じたものと一緒だった。
「それでは、歌います」
その一言だけを言い、唐突に演奏は始まった。
ゆっくりと鍵盤の上を漂い始めた指は、滑らかに、そして厳かな音色を奏で出した。