新しい歌
私も浅倉にしても、玲が歌っている間、拍手をする事さえ忘れて聴き入っていた。
玲の素晴らしさは、歌だけではなかった。
演奏しているキーボードの音色は、それだけを聴いていても、充分に聴衆を感動させてくれる。
集まり出した群衆の中から、怒声交じりで揉み合う声が聞こえて来た。
「警察です。この場所での演奏は、許可されておりません。通行の妨げになりますから、速やかに立ち退いて下さい」
声の方を見ると、四、五人の制服警官が群集に立ち止まらないよう呼び掛けていた。
年嵩の警官が玲の姿を見て、一瞬、躊躇いの表情を見せた。
既に、騒ぎの為に玲は歌うのを止めていた。
警官の前に那津子が歩み寄った。
「すみません。すぐに片付けます」
「せっかくのところ申し訳無いが、これも規則だからね」
群集の輪の外では、演奏を中止させられた事に不満を言う聴衆と、警官との間で言い争いが続いていた。
玲の方を見ると、歌っていた時の満ち足りていた表情がすっかり消えてしまい、今にも泣きそうな哀しい表情に変わっていた。
突然、私の心の中で何かが弾けた。
そして、那津子が片付けをしているのを見守っていた警官の前に、歩み寄っていた。