新しい歌
目は景色を追っていたが、お互いの心は少しも夜景を楽しんではいなかった。
当たり障りの無い会話を交わそうにも、互いにきっかけを探すばかりで、言葉を見つけられないでいた。
注文した物がやっとテーブルの上に置かれた。
これで取り敢えずは、乾杯という便利な言葉で会話の入口には立てる。
「それ、私の前では初めて飲むお酒ね」
そういえば、彼女と一緒に飲みに行く店は、いつも深海魚だった。あそこでは、ズブロッカとバーボンしか飲んでいない。
「ラム酒だよ。君には少し癖が強いかも知れないが、バーボン程じゃない。一口飲んでみるかい?」
「ありがとう。でもいい。余り強いお酒を飲んじゃうと、朝が辛いから。明日も早いんだ」
「仕事、忙しそうだな」
「ううん、仕事じゃなくて、学校に行っているの」
「学校?」
「ええ。福祉関係の」
「きっかけは、あの子か?」
「そう。玲ちゃんだけじゃないけどね。あの子以外からも、私はいろいろと考えさせられて。音楽を教えるにしても、福祉の仕事をきちんと知って置いた方が良いかなって思ったの」
那津子らしいなと思った。